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1970年代の未来都市構想を、いまから振り返る

公開日 2026年10月9日最終更新日 2026年10月9日

イラスト: 1970年代の未来都市構想を、いまから振り返る
予測者メタボリズムの建築家、1970年大阪万博、田中角栄ほか
予測された年1960〜1972年
予測の対象未来都市
いまから見た総括一部が実現
当時の背景1970年代に描かれた未来都市のうち、通信や移動の「装置」は実現した。巨大な新陳代謝都市や海上都市といった「街」の構想は、実現しなかった。

当時の予想

1970年の大阪万博(日本万国博覧会)では、動く歩道、モノレール、リニア、電気自動車、テレビ電話、携帯電話の原型などが展示された。三洋電機は、座るだけで体が洗える「人間洗濯機」と、テレビ・テレビ電話・コンピュータを家庭で使う「インフォメーション・システム」を示した。

建築では、1960年に「メタボリズム」が宣言された。海上都市や塔状都市を提案し、古い部分を交換しながら成長する都市を想定した。その代表が、1972年の黒川紀章の中銀カプセルタワービルである。

政治では、1972年6月20日に、田中角栄が『日本列島改造論』を出した。高速道路、新幹線、本州四国連絡橋などで、人・カネ・モノを大都市から地方へ流す構想だった。住宅では、1971年に多摩ニュータウンの入居が始まった。

誰が予想したのか

メタボリズムの建築家(菊竹清訓、黒川紀章、槇文彦ら)、万博に出展した企業(三洋電機、電電公社など)、田中角栄、ニュータウンの計画者。

いつ予想されたのか

メタボリズムは1960年、万博は1970年(3月15日〜9月13日)、中銀カプセルタワーは1972年、日本列島改造論は1972年。

当時の社会背景

日本は高度経済成長のただ中で、都市は急速に膨らんでいた。万博のテーマは「人類の進歩と調和」で、未来への期待が高かった。

なぜその未来が予想されたのか

人口の増加と都市の拡大に、建築や都市計画が応える必要があった。取り替えられる建築で、都市が成長に合わせて変わるという発想は、当時の現実的な答えに見えた。

実際にはどうなったのか

  • 万博の会場は、万博記念公園になり、太陽の塔と大屋根の一部が残った。ほとんどのパビリオンは解体された。
  • 電電公社の「ワイヤレステレホン」は、携帯電話の原型だった。日本の携帯電話サービスは、1979年の自動車電話、1985年のショルダーホン、1987年の携帯電話と進んだ。
  • 中銀カプセルタワー: カプセルは、ほとんど交換されなかった。2022年4月21日に解体が始まり、カプセル23基が保存された。
  • 多摩ニュータウン: 1971年に入居が始まり、人口は2021年10月で223,773人、高齢化率は約25.7%。1973年のオイルショックのあと、人口や密度の目標を下げ、住宅の多様化へ転換した。
  • 日本列島改造論: 地価の高騰とオイルショックで施策は後退した。東京一極集中は、構想のねらいとは逆に進んだと指摘されている。
  • リニア中央新幹線: 1972年に国鉄が開発に着手した。2024年3月に、JR東海が2027年開業の断念を表明し、「早くても2034年以降」とした。2026年10月の時点で、まだ開業していない。

的中した部分

動く歩道、携帯電話、電気自動車、リニア(の方向性)、家庭でテレビ電話やコンピュータを使う暮らしは、形を変えて実現した。三洋電機のインフォメーション・システムは、1990年代以降のパソコンとインターネットで、実現したと評価されている(Newsweek日本版)。

外れた部分

「新陳代謝する巨大な都市」(メタボリズム)は実現しなかった。日本列島改造論が描いた、地方への分散も、実現しなかった。リニアは、当初の想定から大きく遅れている。

想定されていなかった未来

ニュータウンの一斉の高齢化(多摩は約25.7%)と、建替えの課題は、構想の段階では十分に考えられていなかった。

万博の未来像は、巨大な都市ではなく、通信・家電・日用品として、生活に入り込んだ。

なぜ違いが生まれたのか

都市の「箱」は、取り替えるより、使い続ける方が、現実の経済に合った。通信や家電のように、個人が買って使う「装置」は、市場で広がった。街づくりのような大きな構想は、政治や経済の変化に左右された。

そこから次の未来を考える

では、次はどうなる? 2020年代の「未来都市」は、どのような姿になるのか。

この記事で確かめた予測

予測内容予測者予測年対象年結果
動く歩道、携帯電話の原型(ワイヤレステレホン)、リニアなどの展示
形を変えて実現。リニアは、まだ開業していない
1970年大阪万博(電電公社ほか)1970(年の指定なし)的中
家庭でテレビ電話・コンピュータを使う「インフォメーション・システム」
Newsweek日本版は、1990年代以降のパソコンとインターネットで実現したと評価
三洋電機(サンヨー館)1970(年の指定なし)的中
古い部分を交換して成長する都市(新陳代謝)
カプセルはほとんど交換されず、2022年に解体が始まった
メタボリズム(中銀カプセルタワーほか)1960(年の指定なし)外れ
工業の再配置と全国の交通網で、人・カネ・モノを地方へ流す
地価の高騰とオイルショックで後退。東京一極集中は、構想とは逆に進んだ
田中角栄『日本列島改造論』1972(年の指定なし)外れ
リニア中央新幹線の整備
2024年3月に、2027年開業の断念を表明。早くても2034年以降。建設中
国鉄(1972年に開発に着手)19722025(2007年時点の目標)判定不能

出典・資料

  1. 日本万国博覧会(Wikipedia(日本語))
  2. Expo 70(Wikipedia)
  3. 万博での通信(ワイヤレステレホンほか)(総務省(情報通信白書 for Kids))
  4. 1970年の人間洗濯機と家庭用インフォメーション・システムの答え合わせ(ニューズウィーク日本版、2022年)
  5. メタボリズム(Wikipedia(日本語))
  6. 中銀カプセルタワービル(Wikipedia(日本語))
  7. 日本列島改造論(Wikipedia(日本語))
  8. 多摩ニュータウン(Wikipedia(日本語))
  9. 中央新幹線(Wikipedia(日本語))

では、次の未来は?

では次は? 2020年代の未来都市は、どのような姿になるのか。

過去の予測は、公開されている資料に基づいて紹介しています。出典は「出典・情報源について」の方針に従って示しています。

1970年代の未来予想